ソフィア外語学院と同じレベルの授業を行うには

たまに非常に変わったことを聞かれることがあります。それは、「ソフィア外語学院と○○塾で、どちらがいいですか?」といったものです。これには答え方に困ってしまいます。こういう質問をする人の精神構造はわかりかねますが、今回、これに対してまじめに答えてみたいと思います。いちいち面と向かって答えるのは、しんどいからです。

現代というのは、おもしろい時代ですね。

「どちらがいいか」というのは、「どちらがより優れた授業ができるか?」と言う意味だと思います。と言うことは、「私の授業と同等の授業が他のどこかの教室なり学校でできるか?」ということになるかと思います。

それにしても、よく「有名な○○塾はどうですか?」と聞かれますが、どこの大学の授業でも取り上げて教えているような「塾」でない限り、有名でも何でもありません。そんな塾は一つもないので、有名な塾など存在しません。「よく広告で宣伝している塾」の間違いではないでしょうか?つまり、「広告に力を入れている塾」ということですね。

有名な塾=広告に力を入れている塾

さて、私と同じ授業が英検一級の人ならできると思っている人がいますが、それは無理です。英検一級ぐらいの英語力なら、うちの講師には、今までにもたくさんいましたが、誰も同じレベルの授業はできません。項目に分けてみていきましょう。

語彙力

私の英語の語彙力は推定10万語を超えています。英検一級は1万語程度と言われています。私が見た限りでは、せいぜい2千語ぐらいの語彙で英語を話しています。明らかに6千語レベルではありません。理解できるだけの語彙なら、なんとか1万語と言うレベルではないでしょうか?理解できる語彙レベルと使える語彙レベルは全然別です。根拠がどこまであるのか謎ですが、昔、大学の授業で、理解語彙の10%が使用語彙だと説明している先生がいました。いずれにせよ、英検一級ぐらいの人と私では語彙力がまるで違います。

語彙力が違うとどうなるかというと、何かをどう英語で言うかという際に、適切な表現ができるかどうかと言う点で大きな差が出ます。つまり、語彙力のしょぼい英検一級ぐらいの人が英語を教えると、適切な英語を教えられないという結果になります。

「この人、こういう言い方を知らないんだ。」等という結果になるわけです。

先日も、翻訳の仕事で、他の翻訳家がやった「映像ディスク」の訳をチェックしていましたが、映像ディスクを「audiovisual disk」と訳していました。アホですね。つまりこういう結果になります。

英検一級ぐらいの人では、映像ディスクを英語でどういうかなんて知らないです。ちなみに、この翻訳家ですが、英検一級をはるかに超えた英語力です。そもそも、私が登録している某大手翻訳会社で、私の次に来るナンバー2の実力者です。それでもこんな具合ですから、安心して仕事を任せられません。

英語の正確さなど英語力全般

私の翻訳会社での仕事の多くは、英語のネイティブ・スピーカーが書いた英語の修正です。これは、英検一級の人では到底無理です。昔、英語の神様として名をとどろかせた國弘正雄(くにひろ まさお、1930年8月18日 – 2014年11月25日)という英語の専門家(同時通訳、翻訳家)がいますが、著書の中で、どこかの日本人の英語の先生がアメリカの大学で米国人の学生に英作文を教えていることに言及し、「全く考えられないことで、自分には到底無理だ」と書いていました。その全く考えられない、國弘正雄氏でも到底無理なことを私は毎日の仕事としてやっています。

と言うことは、國弘正雄よりもはるかに英語のできる人でないと、私のまねはできないと言うことです。

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世間では「英語の神様」と言われていた國弘正雄氏

私から見ると、英語のネイティブ・スピーカーのプロが書いた英語というのは、まるで下手で、間違いだらけなので、こんなものが直せないとは、情けないです。

ネイティブ・スピーカーが書いた著しく下手な英語を、「ここは文法的な間違い、ここは語法上の間違い、ここは拙劣な表現」という具合に日々お直しをしています。何も難しくはないです。一方、一般の日本人のプロの翻訳家の書いた英語なんて、もはや直せるレベルではないので、頭が痛いです。私が再翻訳をするしかありません。だから、社長に、「この人クビにして下さい。」などとメールを送っているのですが・・・。

前述のナンバー2は、再翻訳するほどではないので、助かります。「こんなことも知らないのか?」と呆れるだけですみます。作業としては、該当箇所を赤で直して行くだけです。ネイティブ・スピーカーとこの人だけは、それで済むから楽です。もっとも、それでも何十カ所も訂正しないとだめです。ただ、他の人は、全部一から書き直しですから、たまったものではありません。追加料金がほしくなりますが、そういうわけには行かないからです。

英語力の差というのは、こういうもので、実際、英語で仕事をしていると、これだけ差が出てきます。私と同等の英語力の先生を見つけるのはかなり困難ではないかと思います。美術や音楽と同じで、先生のレベルは生徒が到達できるレベルを決めますので、変な英語を使う人に英語を習えば、それだけ悲惨なことになります。

たまに、「どこそこの塾に、私と同じ東京外国語大学を出た先生がいるのですが・・・。」と言うことを言う人もいます。同じ東京外国語大学出身でも、上と下の差は非常に大きいです。だいたい学生の時から、私は「東京外国語大学の他の学生と一緒にされては困ります。」と躊躇せずに言っていましたが、現在の仕事でも、東京外国語大学出身の翻訳家の英語を見るたびに、「クビにしてほしい。」と思わないことは一度もないぐらいです。基本的に、東京外国語大学出身者の中では、英語力も前代未聞のレベルに近いと思います。ただ、いろいろな人がいるので、現在までに一人や二人は同等またはそれ以上の人がいても不思議はありません。ただ、そういう人がその辺の塾で教えている可能性はゼロだと思います。

そもそも、私は、東京外国語大学で応用言語学を学んだわけでもありませんし、東京外国語大学に行ったので、英語ができるようになったわけでもありません。「類似商品にお気をつけ下さい。」と言いたいです。

発音の指導力

私に発音の指導を受けると、全員、ネイティブ・スピーカーとそっくりの発音になります。そんな難しいことが本当に可能なのかと思うかもしれませんが、私の発音指導力なら、それほど難しいわけでもありません。これは、生徒の頭の出来とは全然関係ないので、わかりやすく言うと、私に習えば、馬鹿でもネイティブ・スピーカーとそっくりの発音になります。

発音の指導力というのは、先生自身が発音が完璧であるだけでは、だめです。発音が完璧でも、生徒の発音を正確に分析して、どうすると正しくて、かつ、ネイティブ・スピーカーそっくりの発音になるのかをつかめない先生は、発音の指導はできません。たとえば、生徒の発音を聞いて、「舌が前に出すぎ、もう少し引っ込めて下さい。」等という判断と指導ができないと、全く無力です。

普通の先生は、生徒の発音を聞いても、ちょっと違うと言うことはわかっても、どうしてそういう発音になっているのか(口の形とか舌の位置など)、それをどういう風に変えると、ネイティブ・スピーカーの標準的な発音になるのかがわかりません。そのため、指導が適切にできません。そもそも、LとRの発音を聞いて自分自身が区別できないような人では、どうにもなりません。

ちなみに、米国滞在20年以上の人でも、LとRの発音を聞いて区別できる人はいないという研究結果があります。だから、きちんとした発音の指導を受けるには、大学で英語音声学を教えている先生で、音声学の権威とされているような先生に習わないとだめです。私の代わりにということなら、そういう先生を探す必要があります。

英語教育関係の専門的知識

英語を教えるには、英語教育に関係する様々な分野の専門的な知識が必要です。それは、主に、応用言語学や心理学になります。英語自体の専門的知識も、もちろん必要で、いわゆる文法や発音に関する知識、学問の名称で言えば、英語学とか、言語学、音声学などとか、さらに、米国や英国などの英語国の歴史や文化の知識も必要になってきます。

その中でも、応用言語学と心理学の知識がないと、ひどいことになります。たまに、言語学と応用言語学を一緒にする人がいますが、全然別の分野ですので、言語学者に英語教育のことなどわかるわけがないです。しかし、応用言語学を専門にしている先生はとても少ないです。しかも大学の先生ぐらいしかいません。なぜかというと、応用言語学や心理学には数学が必要だからです。英語系の学生で、数学が得意という人は、かなり希有な存在ですから、仕方ありません。

英語のネイティブ・スピーカーが英語の授業をやると失敗しやすいのは、こういう専門的な知識が欠けているからです。逆に、これらの分野で博士号を取っているぐらいの人なら、かなりうまく授業ができる可能性があると思います。ただ、それでも、英語の文法や発音に関する知識は、かなり甘いので、油断ができません。

そういう点を考えると、一流大学の言語学科出身で、英語の言語学的知識に詳しく、大学院では応用言語学や心理学を専攻して、その分野で博士号を取得していて、英語教育の経験が10年以上あるような先生なら、いい線を行く可能性があります。

教え方のうまい下手

英語ができるようになるには、直接教授法以外の手段はないので、直接教授法で教えてもらうことが必須です。しかし、直接教授法というのは、教え方のうまい下手が大きく出る教え方です。なぜかというと、日本語を使うことができないので、実物や絵や写真や英語の説明により教えないといけないからです。どういうものを見せれば、英語を正しく理解してもらえるかは、経験やセンス、機転など、頭の回転の良さなどが関わってきます。

直接教授法では、わかりやすく教えるというのが至難の業なので、わかりやすく教えられる人を探すのは大変だと思います。100%わかるようにするというのは無理な話でもあるため、はっきりした指標を提示するのは難しいですが、人によって大きく違うのは間違いないです。だいたい、ソフィア外語学院で複数の先生に習った生徒は、みんな私が一番わかりやすいというので、私はかなりわかりやすいのでしょう。

なぜ英検一級でも教えられるのか

英検一級とか、TOEIC満点とか、すごそうに見えても、実際には、英語が使いこなせていませんので、そういう人では、まともに英語が教えられません。かといって、それをはるかに上回るレベルの先生を見つけるのは、至難を通り越して、絶対に無理な話です。

そこで、ソフィア外語学院では、マニュアルを徹底的に充実させることで、先生が間違った内容を教えたり、間違った英語を使ったりしないようにしています。その量はかなり膨大な量で、作るのに10年以上かかりました。あまりに大変だったので、結構、体力的にもこたえました。

おかげで、英検一級とかTOEIC900点ぐらいの英語力があれば、普通に英語が教えられるのですが、私が作ったマニュアルがなかったら、公害レベルのひどい英語を使って、全くでたらめの説明をしてしまうだろうと思います。ちょっと英語ができるぐらいでは、ソフィア外語学院と同じ内容の授業は到底できないと思います。とりわけ、私と同じレベルの授業は無理です。

まとめ

最初に書いたような質問をされる方は、以上の内容をよく読んで、いったい何と何を比較しているのかをよくお考えいただければ幸いです。こんな話は滅多に他で聞くことはないと思いますが、それは、ろくに英語ができず、英語や英語教育の知識もろくにない人ばかりだからです。要するに、自分にないものや、自分にできないことを一所懸命に宣伝する人は、いないからです。

それにしても、広告に力を入れて「有名」になったどこか知らない塾の先生と私を比較するというのは、ちょっとどうかと思うので、ご留意いただければと思います。國弘正雄氏と比較するなら、まだわかりますが、この方は英語教育の専門的な知識がないのに、英語教育に口を出していたと言う点で、比較の対象にされても、複雑な気持ちになります。素人の國弘正雄氏と専門家の私を比較するのかという意味です。私と似たような人というのが、たぶん、歴史上どこにもいないのではないかと言う気がします。

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